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R2_24話視聴後考察 その②ギアスと「神曲」・ベアトリーチェ

 

今回はR2のモチーフテーマであるといわれているダンテの「神曲」を題材に考察したいと思います。

 

R2前期・後期のOP両方に「神曲」に出てくる「地獄の門」のレリーフが出てきます。R2の1話でルルーシュが読んでいる本が「神曲」。C.C.と再開し記憶を取り戻す場面にある壁のレリーフも「地獄の門」です。ついでにいうと1期17話で絵のモデルをしているルルーシュのポーズはロダン作のブロンズ像「考える人」のポーズです。「考える人」は「地獄の門」の一部分、中央の上部にいる人です。

 

R2_後期OPのR2_13704396_wmv9avi_000174340地獄の門

詳しくはwikiの「神曲」の項を読んで頂くとわかりやすいと思います。

 

wikiより神曲の簡単なあらすじ抜粋
「西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだダンテは、そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、地獄、煉獄、天国と彼岸の国を遍歴して回る。ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、地球の中心部、魔王ルチフェロ(サタン)の幽閉されている領域まで至る。そこから、地球の対蹠点に抜けて煉獄山にたどりつく。煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する。」

 

今更ですがR2と「神曲」のシンクロといえば、ルルーシュが次々に大事なモノを失っていき、全てを失い、21話「ラグナレクの接続」の時には「地獄の門」の銘文である「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate' (この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ)という文が画面に出ました。この一節は「深い絶望をあらわす表現としても用いられる」とのことです。そして21話後ルルーシュは贖罪を始めていくというわかりやすいシンクロ具合です。

 

「神曲」には主な登場人物が3人います。まず「ダンテ」。主人公です。これはルルーシュですね。そして「ウェルギリウス」。ダンテを今までと違った世界、地獄、煉獄へ案内し、天上界付近までいざなう詩人。これはC.C.でしょうね。そしてブログ主が注目している「ベアトリーチェ」

 

ベアトリーチェ(wikiから抜粋)
~「神曲」では実在した人物の名前が多々登場する。ウェルギリウスに地獄界の教導を請い、煉獄山の頂上でダンテを迎えるベアトリーチェは、ダンテが幼少のころ出会い、心惹かれた少女の名である。しかし、のちにベアトリーチェは24歳で夭逝してしまう。ダンテはそれを知ってひどく嘆き悲しみ、彼女のことをうたった詩文「新生」をまとめた。ベアトリーチェは愛を象徴する存在として神聖化され、神学の象徴ともあると考えられている。~

 

ベアトリーチェは誰?

 

ナナリー
幼い頃から「ルルーシュの生きる理由」であり、愛する対象であるナナリー。「死んだベアトリーチェと天国編で再会」=「死んだと思われていたナナリーと天上のダモクレスで再会」、ピタリと合致します。ナナリー=ベアトリーチェといっていいでしょうね。

 

ただし、天国編でダンテは「ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する」とありますが、今の時点まででナナリーはダンテを導いていると言えるのかは疑問です。兄の凶行(ゼロレクイエムの真意も明らかになっていないし、凶行に見えても仕方ありません)を自分が止めなくてはいけないと、シュナイゼルのいうがままフレイヤを撃ち「シュナイゼルの世界=今日さえ良ければいい世界」の偶像である「虐殺フレイヤ皇女」とされてしまいました・・。R2_23mp4_000381089
R2_23話でシュナイゼルが理想を語ったところででてきたフレイヤ女神像


 

今のナナリーは、昔のルルーシュに似ているように思えます。ゼロという仮面をかぶり、妹ナナリーのためだけに世界を壊し「優しい世界」を作ろうとしたルルーシュ。目的はルルーシュにとって正当なものでしたが、ぶっちゃけ「ナナリー以外はどうなってもいい」というものでした。ナナリーが今とっている行動も、ルルーシュを止めるためなら他の人をフレイヤで殺してもいい、「ルルーシュ以外はどうでもいい」ようにも思えます。似た物同士の兄と妹といったところでしょうか。ですが今のルルーシュは昔と変わっているようです。「ゼロレクイエム(まだその真意は明らかになっていませんが、恐らく過去の罪を贖罪し、人類のためになる計画だと思われる)」の実現に向け、人類のために行動しているようです。なので、過去のルルーシュと同じような行動をしているナナリーは「導く存在」とは違う気がします

 

ルルーシュを導いてきたものは明日への希望

 

-------神へかけたギアス-------
ルル「それでも俺は明日が欲しい!時の歩みをとめないでくれ!」
 

-------シュナイゼルとの対決-------
ルル「皇帝シャルルは昨日を求め、あなたは今日、
    だが俺は明日が欲しい。」
シュナ「明日は今日より、悪くなるかも知れない。」
ルル「いいや、良くなる。
    例えどれだけ時間がかかろうと、
    人は幸せを求め続けるから
。」

 

「母の死への復讐と妹のための行動=過去への拘りと妹に優しい世界の構築」が今までのルルーシュでしたが、今は「人類のために行動する=明日(未来)を求めること」がルルーシュの生き方になっています。24話のシュナイゼルとの対決シーンではルルーシュの回想にこれまで関わった「明日のためにあらがうたくさんの人々」が出てきました。それらの人々の想いがルルーシュを変えたといっていいでしょう。

 

「明日」といえば1期14話でのシャーリーの言葉。
朝は来ますよ。そりゃあ、忘れることなんてできっこないし、悲しいことっていっぱいあるけど、でも、朝は来るじゃないですか。
この言葉はルルーシュの生き方そのものでした。

そしてR2_11話の
想いの力(想いには、世界を変える程の力がある、そうなんだな!?)
という重要な言葉。

R2_13話の
許せないことなんてない、許したくないだけ
という言葉は、敵対していたスザクとルルーシュが話し合いをする基礎になり、その話し合いによってゼロ・レクイエムという贖罪をすることが決まりました。


ルルの『ほんとう』になってあげたい
は25話の30秒予告でルルーシュがいっていた
「あの日から、俺はずっとさまよっていたのかもしれない。全く変わらない世界に飽き飽きして・・・。でも、『嘘』って絶望であきらめる事もできなくて・・・。ああ・・・名前も、経歴も、手に入れた力も、全部、俺にとっての『ほんとう』を見つける道だったのかもしれない。だから・・・!」
の「ほんとう」という言葉とシンクロしていて、彼女の残した言葉はことごとく重要なキーワードになっています。

 

それぞれが求めたものシャルル=昨日=過去、シュナイゼル=今日=現在、ルルーシュ=明日=未来そしてそれぞれの象徴が過去=マリアンヌ、今日=ナナリーとすると、明日を象徴する存在を挙げるとするとそれはシャーリーかも知れません。

 

というわけで、ブログ主は今のところ表ベアトリーチェ=ナナリー、裏ベアトリーチェ=シャーリーを推します。最終回になるとまたいろいろ判明すると思うのでどうなるやらわかりませんが・・。

 

 (☆25話視聴後追記☆25話をみるとわかりましたがナナリーは自分の意思をもってフレイヤ皇女になっていたんですね。その辺のことはこちらの記事の最後の方に追記しました。)


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